食・観光・アクティビティ、北海道の魅力、情報がわかるトータルメディア

ウェイクアップ北海道!

WakeUpHokkaido > エンジョイ!北海道 > 函館 五稜郭公園【ぶらり 幕末ロマンを散歩する】

函館 五稜郭公園【ぶらり 幕末ロマンを散歩する】

エンジョイ!北海道

こんにちは!
ウェイクアップ北海道です。

函館の旅1日目、五稜郭タワーの2階にある「函館カレーEXPRESS 五稜郭タワー店」でランチをいただいた後は、タワーの眼下に広がる五稜郭公園へ、ぶらり、五稜郭跡散歩に向かいます。

 

五稜郭タワーの足元に広がる幕末の歴史舞台

五稜郭タワーの展望台から、五稜郭跡の方角を確認しておき、タワーから出ると迷うことなく右方向へ。
タワーに沿って歩くと、幕末の歴史遺産が置かれています。幕末のドラマでよく見かけるものですよね。

タワーの建物が途切れた先に広がるのが、五稜郭跡。
明治維新により明治新政府の役所となりましたが、榎本武揚・土方歳三らが率いる旧幕府脱走軍に占拠され、戊辰戦争最後の戦いとなった箱館戦争の舞台となったことはよく知られています。

国の特別史跡に指定され、一般的には五稜郭公園の名で親しまれています。
 

 

そもそも五稜郭とは!

江戸時代末期に、日米和親条約締結による函館開港を控えた幕府が、北方防衛力の強化を目的に築いたものです。

「五稜郭」とは、星形の五角形という珍しい形の城郭の通称で、約500年前の16世紀頃のヨーロッパの各地に造られた「城塞都市(じょうさいとし)」をヒントに造られたものです。
 

要塞の玄関口!

こちらが五稜郭の正面側。
写真左手に見えている「一の橋」と、もう一つ奥にある「二の橋」という2つの橋を渡り、要塞の内側へと進みます。

橋を渡り切ると、函館奉行所の門が見えてきます。


 

要塞の内側を見てみましょう!

五稜郭の設計者・武田斐三郎の顕彰碑を左に見ながら、さらに奥へ。
要塞の中央に建てられたのが箱館奉行所。

函館開港に伴い江戸幕府の役所として設置されたのち、箱館戦争では旧幕府軍の榎本武揚や土方歳三が立てこもり、戦争終結後の1871(明治4年)に解体されました。

現在の建物は、当時の姿・工法を忠実に再現して2010年に復元されたものです。
 

なぜ、榎本武揚は、蝦夷地を目指したのか!

「王政復古の大号令」発令に端を発する鳥羽伏見の戦いで旧幕府軍が敗退したのを知った、旧幕府海軍の副総裁である榎本武揚は、開陽丸を率いて蝦夷地を目指します。

榎本武揚は、幕府が潰れて仕事をなくした武士たちを養うために、蝦夷に新政府とは違う政権を作ろうとしたのです。

品川沖を脱した艦隊は、同盟軍や旧幕府軍の武士たちとともに蝦夷地に上陸し、五稜郭を拠点とした蝦夷共和国を成立させ、北方の防衛と開拓を大義として蝦夷地支配を認めるように朝廷に嘆願。

しかし、新政府はこれを認めず討伐軍を派遣。
旧幕府軍は五稜郭に立てこもって戦いましたが、箱館総攻撃によって土方歳三を失った軍を立て直すことはできませんでした。

残された榎本武揚は、新政府軍の勧告を受けそれに従い降伏。
こうして戊辰戦争は終結しました。
 

150年の時が流れて!

戊辰戦争が終結して150年の時が流れました。

「勝てば官軍」の言葉は、この戦いに由来していると言われています。

勝者ばかりがクローズアップされることが多い歴史ですが、敗者もそれぞれの人生を賭けて戦い、必死に生きる道を探していたのだと思うと、遠い過去に生きた人たちの熱い息吹をとても身近に感じます。

訪れた日は気温も20℃を超え、五稜郭でもちょうど桜が咲き始めたところです。

今年の春は、本州と北海道で1年に二度の桜を楽しむことができました。
 

函館奉行所のご紹介

【住所】
〒040-0001 函館市五稜郭町44-3
TEL:0138-51-2864

【開館時間】
9:00~18:00 (4月-10月)
9:00~17:00 (11月-3月)

【休館日】
12月31日~1月3日

【アクセス】
函館駅から箱館奉行所まで
・市電で「五稜郭公園前」下車 徒歩18分
(所要時間約40分)
・タクシー(所要時間約15分)

【入館料】
一般:500円
学生:250円
未就学児:無料